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【物語】ひとの文化と、ひとの命を育む本物の“食”を届けたい〜「氷見クッキングスマイル」水口秀治会長〜(おらっちゃ広報Vol.15)

更新日:2018年8月23日このページを印刷する

「氷見クッキングスマイル」水口秀治会長

 

「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されたのは、まだ記憶に新しい2013年12月のこと。

多様で新鮮な食材とその持ち味を生かしながら、「うま味」を上手に活用していく和食は、栄養バランスもよく、とてもヘルシー。また、自然の美しさや季節の移ろいが器・装飾などで表現されたり、正月などの年中行事と密接な関わりがあったり、和食は自然と寄り添いながら、人びとの絆を結んできました。

そういった日本の伝統的な食文化の特徴が世界に認められたことを意味する、「和食」の無形文化遺産登録。これは、多くの日本人にとって、日常の食卓を見直し、培われてきた文化の価値を再発見する、良いきっかけとなったのではないでしょうか。

ここ氷見でも、日本の伝統的な食文化や調理方法、地域の食材の持ち味等を尊重し、諸外国の料理技術も取り入れながら、“富山の食”を後世に伝えようと尽力されている方がいます。「割烹 秀月」の水口秀治さん。

「とやま食の匠」にも認定され、氷見高校をはじめ、市内外で講義や体験教室、出張料理などを行っています。また、市内の飲食系事業者と連携し、「氷見クッキングスマイル」という団体の代表として、氷見の旬の食材を使った創作メニュー開発などにも取り組んでいます。そういった活動の背景にある思いを伺いました。

”割烹 秀月”

 

“うま味”と“あたたかい”心、そのふたつが入ってこそ、食べもの。

氷見・幸町の一角に佇む「割烹 秀月」。水口さんはこのお店を拠点に、氷見の朝どれの地魚はもちろん、里山の恵みや氷見牛など、山海の旬の食材の良さを引き出し、伝統的な料理や創作レシピを振る舞っています。

”割烹 秀月”

 

のれんをくぐると、そこには割烹料理店の静穏な雰囲気。ひとつひとつの食材を丁寧に扱う水口さんの姿がカウンター越しに見られます。定食のほか、会席料理や仕出し、お弁当。気軽に美味しいものを味わいたい日も、大切な方が集まる日も、水口さんの料理が活躍します。

また、市内の飲食店の方々と一緒に活動する「氷見クッキングスマイル」では、「土産土法(どさんどほう)」を大事にしたメニューを仲間と一緒に創作し、一般の人に提供する準備を進めています。「土産土法」とは、その土地、その季節にとれるものを、その土地に伝わる調理法で料理して、食べること。

「氷見クッキングスマイル」の理念は、「心の中にある様々なつながりへの感謝を“食”に込めて、ニコニコしながら、正しいものを元気よく作ってお客さんに提供すること」。

「氷見クッキングスマイル」の活動風景

水口さんは話します。
「“うま味”と、人間としての”あたたかい心”。そのふたつが入っていなければ、食べ物とは言えないわけですよね。このごろは、そういうものが少ないように感じるんです」

おじちゃんやおばちゃんが、麺や丼ものを食堂で提供していたような外食の世界が、相当数のコンビニに置き換わりつつあることに、水口さんは危機感を覚えていました。社会全体が、便利さ、低コスト、効率ばかりを優先した、「コンビニのような社会」。その仕組みのなかでは、どうしても 無理やりに作られたような“食”になってしまう。不自然な“食”。そんな“食”からは、文化は生まれてこない、と。

水口さんの言葉の一つひとつは、静かですがしっかりとした重みを持って響きます。
「“食”という字は、分解すると“人”に“良”と書くんです。人間が食べるということや、歩くということには、その単体の行為を行うだけでも、ひとつの作用だけではなくて、5つから10ほどの良い副産物というか、一石十鳥というものがあるわけです」

それってつまり、どういうことだろう?と耳を傾けていると、水口さんはこんな話をしてくれました。

大きな魚をさばく調理風景

 

日本の文化は、食べ物から生み出された。

「たとえば、こうです」と、水口さんが教えてくれたこと。

-冷蔵庫や冷凍庫もない時代、旬の魚を保存しようという知恵から、干物やかまぼこなど、地域によって、いろんな加工食品・保存食品が生まれたこと。正月に食べる「田作り」の語源は、乾燥したイワシを田んぼに撒いて、肥やしにしていたことから。「田楽」はもともと田んぼで泥を塗って遊ぶことからきているし、歌舞伎や浄瑠璃も、農家の方が癒しを求めて生み出したもの。

このように、様々な文化が生まれてきた“文脈”を丁寧にたどっていけば、その根底にあるものは、日々の食事や農作業といった、“食”にまつわる人間の行いなのです。

「神様に奉納する」という行為も、お金や祭りの踊り・音楽といったものだけに限らず、踊りが得意な人は踊りを、イカを干すのが得意な人はイカの干物を、味噌づくりが得意な人は味噌をと、自分の気持ちとできることを納めるというのが、本来の奉納なのだそうです。

「自宅で葬式があった時代は、その機会に近所の人が料理を教え合って次世代に伝統料理を伝えていきましたし、法要や祭り、結納などの宴席があれば、それが若い料理人たちの勉強や費用調達の機会にもつながっていたのですけれど、それが廃れつつある。そういうところから、文化自体が失われていくのが、寂しいんです」と、水口さんは話します。

”人の心をうつし、人の営みをうつす”

 

 

人の心をうつし、人の営みをうつす“食”。

“食”を媒介に日本の文化が形作られてきたことを示す様々な例を伺うなかで、話は、“食”に宿る人の美意識にも及びました。

「本当の美というものは、決して見た目にだけ宿るものではないんですね」

水口さんは静かに、しかし、よどみなく続けます。
「綺麗なだけの絵の模写なのか、描き手の“心の写し鏡”としての絵なのか。掛け軸も、みんな一緒なんです。技巧だけで描かれた絵は、本当の意味での絵ではないんですよね。それよりも余程、小さな我が子が描いた、訳の分からないいたずら描きのほうが、奥行きがあって、表現をしとるかな、と。料理も同じです」

料理の根底を見れば、原型は素朴な“素材×塩”。でも、そのシンプルな組み合わせをベースとし、長い年月をかけ、人々の創意工夫によって料理は進化してきました。例えば、塩に水を足しては“塩水”になり、大豆と煮ては“味噌”になり、それを絞っては“醤油”になり。一方で、塩をイワシやイカにかけてできたものが、“いしる”です。そういった調味料の派生が100の風味となって、多種多様な料理を作り出しています。そして、この風味への意識が、顕微鏡もない時代に、菌の存在を人びとに気づかせ、人はその“醸し(かもし)”の力を借りて発酵食品を生んでいったのだといいます。

水口さんは、ゆっくりと言葉を継ぎます。
「諸説はありますが、弥生時代以前から麹(こうじ)を使った酒造りが行われておったということで。つまり、そんな昔から、善良な酒麹を見出して掛け合わせていた可能性がある、ということです。すさまじい。信念以上のものです。200年後を見据えて木を植えとる人もいますしね。だから、私たちは、今から何をすればいいのか、ということです

”秀月”のカウンターに飾られた「とやま食の匠」認定証

 

 

“食”に人間の精神が宿っていることがわかる。そんな本を作りたい。

「とやま食の匠」に続き、2016年の夏、日本料理研究会で師範の資格を取得したという水口さん。いくつになっても修行だといいながら、「これから自分を戒めて、自身の発展と、後輩の育成、社会の貢献のために尽力しなさい、という意味のものと受け止めています」と語っていました。

これまで水口さんは仲間とともに、県内だけでなく、時には東京で、時には名古屋で、料理教室や出張料理を行うほか、チラシを配ったり、ブリの解体ショーをしたりと、様々なことを行ってきましたが、次の道をどう広げるかが課題だといいます。

「単年度、単発的な取り組みだけでなく、本当の意味で料理を伝承していくために、1〜2年ほどかけて、四季の氷見の魚を使った、伝承に基づきながらも今までにない、新しい創作料理を開発していきたい」と水口さんは話します。さらに構想しているのは、次のようなことです。

「氷見クッキングスマイル」の活動風景
「氷見クッキングスマイル」で作られたメニュー

 

「氷見には、味噌やこんにゃくなど、伝統食をつくっている人がたくさんおられますので、我々も、氷見に伝わる、お魚、肉、野菜の料理を、四季の本として作ろうではないかと考えています。本を作る過程で、料理教室が100回、200回とできますし、本ができた後もそれを活用して、また長年、料理教室ができると思うんですよね。そういうふうに、かたちを残していきたい」

医食同源という言葉がありますが、人は、バランスのとれた食事や旬の食材をいただくことで、薬によらずとも体の調子を整えてきました。たとえば、日本人は1000年以上の昔より漬物から乳酸菌を得ており、塩の中でも生きられる乳酸菌は胃袋の強い胃酸にも負けず、ちゃんと腸に届きます。冬に向けてみかんを食べることも、春に向けて山菜を食べることも、自然のサイクルのなかで体を整えるための、意味のあること。

「真夏には発酵した赤味噌が100%。秋には赤、白の合わせ味噌。冬になると白味噌だけになる。それがお腹にいいんですよね。今でいう胃腸薬。冷蔵庫がないときには、5月くらいになると味噌が酸っぱくなります。5〜6月にその酸っぱい味噌汁を吸うのは、子ども心にいやだったんですけれど、実は自然にお薬をいただいていたんですよね

水口さんが考える本の中では、そういった伝統的な知恵も伝えていきたいのだといいます。本が出ても、すぐに成果が形になるというものでもないのかもしれません。しかし、みんなが少しでも、培われてきた“食”のあり方や背景に思いを向けるようになることで、きっとあちこちで、何かが良くなっていくはずです。

なぜなら、“食べる”ということから全ては始まり、それは氷見だけでなく、あらゆる人や場所、時代にも当てはまることだから。

結びに、水口さんの言葉を、もうひとつ。

「生きるものには、すべて意味があり、それはひとつの等価交換ではなくて、そのひとつからたくさんの得るものが生まれました。その積み重ねが、日本の文化だったということですね。私は今、1000のうちのひとつしか話せていませんが。いや、もっともっと、2000も3000も、“食”にまつわる、“命”にまつわる物語はあるのかもしれません」

 

 

■「とやま食の匠」水口さんの紹介ページは こちらより

■「割烹 秀月」ホームページは こちらより

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