本文

家族も里山も、守るのが“当たり前” 〜「梅谷の郷」高野光夫さん〜(おらっちゃ広報vol.8)

更新日:2017年12月6日このページを印刷する

高野光夫さん

撮影:利波由紀子

荒れた森が社会問題になっている現在、さまざまな企業・団体が、林業の立て直しや生態系保全のために、森林整備に乗り出しています。しかし、ここ氷見には、そういった社会的な使命感とは“ちょっと違ったアプローチ”から、ひとつの森を再生させている人がいます。

柿谷(かきなや)にある「梅谷の郷(めーだんのさと)」の守り人・高野光夫さん。
そこにある自然を、ただ美しく整えたい。それが自分にとって、“当たり前”のことだから。この淡々とした高野さんの姿勢には、郷土を守り、地域とともに生き続けていくための、とても大切なヒントが隠されているように思えます。

梅谷の郷

 

氷見にある、ひとつの楽園の物語。

谷筋を体幹とし、鶴が両翼を伸ばすようにして連なる山々。三方を山に囲まれた谷間の集落・柿谷に、「梅谷の郷」は広がっています。広大な森がきれいに整備され、入り口には可愛い手書きの案内板。

梅谷の郷の小屋
梅谷の郷で作られるおでん

撮影:利波由紀子

山小屋の煙突からは煙が立ち上っています。森仕事の合間に、陽の高い内からちょいと一杯というのが、高野さんの日課です。つまみは、薪ストーブの上で温められたおでんだったり、地元の仲間からもらった猪肉やギンナンだったり。

梅谷の郷で芽吹く草花

春には山菜もあちこちに芽吹きます。季節によって、お楽しみも色とりどり。お金に依らない幸せがそこにあります。しかし、そんな恵み豊かな森も、以前は風の通らない暗い森だったと言います。

梅谷の郷の昔
梅谷の郷の昔(2枚目)

 

日々の淡々とした歩みが、暗い森に光を通す。

勤めていた小松製作所を早期退職し、高野さんが森の整備を始めたのは1999年のことでした。会社員時代は、氷見工場の立ち上げにも大きく貢献した高野さん。定年を待たず、引き止められながらも51歳の若さで会社を退職したのには、柿谷の荒れた田んぼや森を整えたいという、ひとつの揺るぎない想いがあったからです。

人が足を踏み入れられない鬱蒼とした森や、以前田んぼだった草だらけの土地を前にして、まずは下草狩りから始め、森にはせっせと道を通し、こっちを綺麗にしたら今度はあっちと、心のままにコツコツと。地元の仲間たちの協力も得ながら、少しずつ整えていきました。

その整備の過程は、ノートにしっかりと記録されています。 「下草を定期的に刈っていって、どんぐりともみじ、山桜とかを残し、込み入っとる木々は伐って炊きもんにしとる」

道を通すのなんて誰に習ったんですか、と尋ねてみると、「小松製作所で溶解しとったころの経験をもとに、こういう感じかな、て」と、事もなげな様子です。整備ノートのページを一つひとつ繰りながら、むかしの苦労を表にも出さず、ご自身の歩みを朗らかに振り返る高野さん。そんな高野さんの屈託のなさこそが、「梅谷の郷」に流れる心地よさの素(もと)なのではないかと思いました。

梅谷の郷の営み
梅谷の郷

 

美しい森は恵みを生み、恵みは人を呼ぶ。

そうして現在、光と風と水が通う美しい森へと生まれ変わった「梅谷の郷」。傾斜地を利用し、様々な野菜や草花が植えられ、散策したくなる小径(こみち)も通されています。

地元のNPOによるイベントで造られたツリーハウスも、存在感抜群。今やこの森は、地域や世代を超えた多くの人たちに愛されています。

山小屋であたたかい火を囲む仲間たち

撮影:利波由紀子

高野さんは、自分の山小屋に仲間たちを集めて、あたたかい火を囲む時間を楽しみにしています。

「60になろうが65になろうが、それでも山に来れば、やろうと思えばなんでもできる。こういう生き方なら、介護とか福祉のお世話にもならんと思う。こうして持ち寄れば、食べるもんはいくらでもある。おらは、こんながで満足」

お話を伺った時に、高野さんと火を囲んでいた仲間たちも、みんな地元の人たちでした。

昔は、この辺りは冬になると背丈ほどにも雪が積もるのが常で、山の上から麓まで、木で作ったスキーで一息に降りていった話。転んでも、雪が深く柔らかいから怪我はしないという話。苗木を植えても、うさぎなどの小動物が新芽を食べていってしまい、彼らに餌をやっているようなものだという笑い話。春を迎えた3月の終わりから4月の頭ごろ、まだ葉っぱが腐らずにサクサクしている雑木林を歩くのが、一番気持ちが良いという話。

自然の匂いを感じる、心地よい物語の数々。ここに来ると、いろいろなことを教えてもらえます。

梅谷の郷の高野さん

撮影:利波由紀子

 

おらは、ただ、山を美しくしたい。

それにしても、なぜ高野さんは、大変な作業の多い森林整備を長年に渡って続けてこられたのでしょうか。そのことを尋ねてみると、とてもシンプルな答えが返ってきました。「山へ来てなんで美しゅうするか? したらしただけ、美しいねかい」。つまり、美しくした方が気持ち良いから。
そして、「人のためでなしに、やらずにおられんからやっとる」「ちんと(じっと)しとられんが」と続けます。

一家総動員で仕事をするのが“当たり前”という少年時代を過ごした高野さんにとって、郷里の森が荒れていくのは、とても見ていられないことでした。
「おらの価値観は、家族はひとつ、それだけや」。だから、かけがえのない家族の絆を育んでくれる郷里の森は、大切に扱って“当たり前”。

梅谷の郷を歩く高野さん

撮影:利波由紀子

楽しみを忘れず、目の前にある存在を、ただ正直に慈しむ高野さん。自活の知恵を持ち、仲間と自然に囲まれて、おのずから健康長寿の道を歩む姿は、若い世代にも憧れと希望を与えてくれるのではないでしょうか。

 

■「梅谷の郷」については こちらより  

このページについてのお問い合わせ

[ 政策推進担当 ]
〒935-8686 富山県氷見市鞍川1060番地  Tel:0766(74)8011 Fax:0766(74)8255 お問い合わせ

この情報はお役に立ちましたか?

より良いホームページにするために皆様のご意見をお聞かせください。

このページの情報は役に立ちましたか。
   
このページは見つけやすかったですか。
   
このページにはどのようにしてたどり着きましたか。